福山レザー
「福山」がどこにもなかった
ゼロからの独立を経て、ある日「サードを観光地にする」という夢が芽生えました。売れて東京を目指すのではなく、東京からわざわざ足を運んでもらえる店になろう、と。
その第一歩にと有名な旅行ガイドブックを開くと、隣の「尾道」や「倉敷」には単独版があるのに、「福山」の文字がどこにも見当たりません。誇れるはずの地元が、まるごと抜け落ちていたのです。
福山は、まだ観光地ではない。ならばまず、誰もが認める“福山の特産品”をつくろう。そう決意しました。
備後絣という導き
特産品をつくるなら、福山にしかない物語が要る。そう考えて土地の歴史をたどるうちに、一つの糸が見えてきました。
福山は瀬戸内海のほぼ中央、島々が織りなす多島美を誇る町。約400年前、徳川家康の縁者・水野勝成がこの地に城を築き、塩害に強い綿花の栽培を奨励したことから、繊維産業が花開きました。そこから生まれたのが、藍色の幾何学模様が美しい伝統工芸「備後絣(びんごがすり)」です。
時代とともに生産の規模は変わっても、その染色と縫製の技術は形を変え、今日「日本一のデニム生産地」と呼ばれる福山の礎になっています。
調べれば調べるほど、この土地への愛着が深まっていきました。伝統ある染めの文化と、自分たちが長年向き合ってきた「革」を組み合わせられないか。備後絣の藍染めに導かれるようにして、福山レザーの開発が始まりました。
革が、プラスチックになった日
しかし、理想はすぐに壁にぶつかります。
革を通常の方法で藍染めすると、革本来のしなやかさが失われ、まるでプラスチックのように硬くなってしまう。染料と革の相性を見極める、非常に難易度の高い挑戦でした。
自分たちだけの技術では、どうしても超えられない。そう判断し、取引先の染料の専門家に相談を持ちかけました。染料に関するあらゆる知識を持つその方は、こちらの熱意に応え、革をしなやかなまま美しい藍色に染め上げるための技術を、惜しみなく授けてくれました。
幾度もの試行錯誤の末――ついに、天然藍で染め上げた革が完成します。
自社で染色から製作、販売までを、職人の手で一貫して行う。
瀬戸内海の空と海を、あなたの手の中に。
こうして「福山レザー」は、産声を上げました。
今、受け継がれるもの
福山レザーは、単なる「藍染め革」ではありません。
塩害に負けず綿花を育てた先人たちの知恵、藍色に人々の暮らしを重ねた備後絣の美意識、そして「革の家」に生まれ育った職人が、命ある素材と真正面から向き合ってきた歳月。そのすべてが重なって生まれた、福山という土地そのものの物語です。
私たちが大切にしている言葉に、「五分五分(ごぶごぶ)」があります。立場や年齢が違っても、一人ひとりの命の価値は対等である。そして、革と職人である私たち自身も、対等な関係にある――そんな想いです。
命を無駄にしないよう、通常60%程度と言われる革の歩留まりを、サードでは80%まで高めています。福山レザーを一枚仕立てるたびに、私たちはその想いを確かめ直しています。
瀬戸内の空と海の色を、これからも一枚一枚、丁寧に染め上げていきます。
Life with leather ――
革のある生活、革と共に生きる、革は命。
二つの表情
福山レザーには、二つの色があります。
一つは「瀬戸内の空」。雲の切れ間から光が差し込むような、濃淡の効いた明るいブルー。
もう一つは「瀬戸内の海」。深く沈み込むような、静かで落ち着いたブルー。
どちらも同じ天然藍で染めていますが、下ごしらえや漬け込みの回数が違うだけで、まったく違う表情に仕上がります。藍だからこその色の幅です。
藍の粉から、すべては始まる
福山レザーの藍染めは、一握りの藍の粉から始まります。
水に溶かし、発酵させると、水面にふわりと泡が浮かんできます。これを「藍の華」と呼びます。この華が咲いたら、染まる合図。染料ではなく、生きた藍が「今なら染まるよ」と教えてくれる瞬間です。
染める前には、まず国産のヌメ革を水に浸け、タンニンを抜く下処理から。ここから、革が藍色に生まれ変わる旅が始まります。
空をつくる、手作業のシワ
「瀬戸内の空」だけに施される、ある工程があります。
革を一枚一枚、手作業でシワを入れていくのです。地味で、単純な作業に見えるかもしれません。けれど実は、この工程こそが仕上がりのすべてを決める、もっとも重要な部分です。シワの入れ方、縛り加減――そのわずかな違いが、染め上がりの濃淡や表情を左右します。
こうして下ごしらえをした革を、藍に一度、漬け込みます。雲の切れ間から光が差し込むような、あの濃淡のある表情は、この手仕事から生まれています。
海をつくる、二度の藍
「瀬戸内の海」は、同じ藍に、二度漬け込みます。
一度目より深く、二度目でさらに深く。時間をかけて色を重ねていくことで、瀬戸内の海の底のような、静かで深いブルーに仕上がります。派手さはなくとも、確かな深みのある一枚です。
どちらも、やり直しの利かない一発勝負。長年の経験と勘だけが頼りの、緊張感のある工程です。
緑から青へ――
藍が魔法をかける瞬間
漬け込んだ直後の革は、実は緑色をしています。
それを引き上げ、絞り、空気に触れさせる。すると、みるみるうちに緑から青へと色が変わっていきます。これは天然藍だけが見せる、化学反応にも似た自然の現象。合成染料では再現できない、生きた藍だからこその瞬間です。
一枚として、同じ表情はない
染め上がった革は、直射日光を避けながら、丸一日弱かけてじっくりと乾かします。乾かしすぎれば革が硬くなってしまうため、ここでも職人の目と経験が欠かせません。
こうして仕上がった藍染めレザーは、一枚一枚、濃淡もムラの出方もすべて異なります。同じ藍で染めても、同じ表情の革は二つとありません。
福山レザーの「空」と「海」は、天然の藍と、手間を惜しまない職人の技が重なって、初めて生まれる色です。瀬戸内の空を見上げ、瀬戸内の海を眺めるように、その日その日で違う表情を楽しんでいただけたら――そんな想いを込めています。












